SCAEはSwartz Center for Audio Engineeringの略でskyと同じ音で読みます。これはカリフォルニア大学サンディエゴ校のスウォーツ計算神経科学センターの非公式かつ小さなサークルで、2018年に発足しました。現在のメンバーは私とある院生だけです。ARTA http://www.artalabs.hr/をつかったパラメータの計測と、スピーカーワークショップhttp://www.claudionegro.com/を使ったスピーカーエンクロージャーとクロスオーバーネットワークの設計と最適化、それから今回のような制作も行っています。
SCAE-01 ‘Dice K’ はSCAE初の作品(非売品)です。Covidのために、全工程を一人で自宅で作業しました。SCAE-01 ‘Dice K’ はある同僚の依頼で制作したものです。彼は仕事机の上で使う小型のスピーカーに興味があったということなので、実費のみいただいてで何か作って差し上げるということになりました。この作品の名前は依頼人の奥様の発案で、天才的なセンスに脱帽してそのままいただきました。最後のKは例えば「美しい」を意味するkale (καλή)という語ということにしておきましょう。この語は万華鏡を意味するkaleidoscopeの中に見えますね。
スピーカーを設計するうえで最も重要なのはドライバーの選択です。依頼人はコストはあまり気にしないということでしたので、Wavecor FR084WA02を選びました。このユニットは全高調波歪率が非常に優秀で(以下のリンクから計測結果を見ることができます http://www.wavecor.com/html/fr084wa01_02.html)、上限から300Hzまでは< 0.25%、200Hzまでは< 0.5%となっています。200Hz以下は指数的に悪くなり、100Hzで3.5%となってしまいますが、これは口径が3.25インチだからであって、特にこのドライバのデザインのせいというわけではありません。このドライバーの問題はむしろ5kHzから20kHzにかけて10dBという強い音圧の上昇があることです。この帯域における特性の乱れは気になりにくいのは確かですが、それでも何かしておきたいところです。かといって、受動素子を使ってしまうと、フルレンジドライバーだけの単純な構成の良さが損なわれてしまいます。というわけで、ちょっと実験的なアプローチをとってみました。
それはエンクロージャの天面に同じドライバーをインストールするというデザインです。このデザインにはいくつかの狙いがあります。主要な狙いとして、天面のドライバーによって3 kHz以下の音圧を稼ぐことで周波数特性を補償しようというものです。ドライバーの音圧は、中心軸からそれた位置では回折効果で周波数依存的に音圧が低下します。これは放射インピーダンスの理論とこのドライバー(どのドライバーにも見られますが)のスペックシート記載の実測データ(こちらは60度まで)の両方で確認することができます。この中心軸から90度外れたドライバーは3kHzまでの合計音圧に寄与しますが、それより上の周波数では急激に寄与率が低くなります。その結果、軸上で聴取すると3kHz以降の音圧上昇が相対的に弱められるということです。もう一つの狙いは反射による間接音を稼ぐことで、小口径を小音量で運用するデスクトップスピーカーにありがちな痩せた淋しい音の印象を豊かにすることです。Boseへのオマージュですね。
エンクロージャーのデザインは内容量1.5リットルの密閉立方体としました。吸音材はParts ExpressのAcousta-stufを21グラム装填してあります。机の上の専有面積はわずか14 cm 四方です。ドライバーのQtはスペックシートによると大体0.9ぐらいなので、密閉型のデザインが適しています。密閉型はバスレフ型に比べると低音が淋しくなりがちですが、ただでさえ小口径で歪率が苦しいところにバスレフでもうひと働きしてもらおうというのは、忍びないように思います。それにせっかく優秀な歪率特性を持つドライバーを使っても、低音が破綻していては無下の瑕瑾というものです。ここはなるべく優等生のまま無理をさせないように仕上げることにします。それに、もしハイパスフィルタを備えたサブウーファーからの出力が供給できる環境になったら、その時に密閉のほうが真価を発揮できるという、先の楽しみも残せます。
材はクルミの無垢材を100%使用しました。自作ならではの贅沢ではないでしょうか。ネジやクギは使用しませんでした。辺は全て3/8インチの曲面ルータービットを全体にかけて角を丸めました。この程度の半径では音質への効果までは期待できないかもしれませんが、定性的にいえば音に良い効果があります。表面仕上げはMinwaxのアンティークオイルフィニッシュと自家製の高濃度蜜蝋との二つの選択肢があったのですが、依頼人の要望で蜜蝋で仕上げました。表面の保護力は弱いですが、やや明るい、優しい仕上がりになります。ゆっくりとした経年変化も期待できます。ただし内側は保護のためにポリウレタン塗料で仕上げてあります。
この台座もクルミの無垢材で作ってあります。天面のレールの切り欠きは15度の角度を与えてあります。この角度は依頼人の机と椅子に本人が座って実測して決めた数字です。
ターミナルにはWBT0765を使いました。このターミナルは左右セットでドライバー二本分の値段(しかも特別ルートの価格で)という冗談のような高級品です。しかし依頼人が絶対に素晴らしいものを作ってほしいという並々ならぬ決意をされており、コストは問題ではないということでしたので、知る限り最高の品質を持つWBTを選びました。
この写真に写っているのはSCAE-01 ‘Dice K’のために制作した試作品です。左のスピーカーはドライバーを一つだけ(ひとつ$2、直径1.5インチ)、右のスピーカーは六面全部に(つまり底にも)ドライバーがついています。実は、このプロジェクトの最初のコンセプトは、立方体エンクロージャーの全面にドライバを装着して同相で駆動するという、疑似呼吸球デザインだったのです。この試作品はその立証のために作りました。手前に写っているのは瞬時出力切り替え機で、ドライバー一つのスピーカーと六つのスピーカーをパチパチ切り替えることで、音の印象を比較しやすくするための装置です。依頼人と私はこの二つのスピーカーの比較を行いました。また依頼人はこの試作品を自宅に持って帰ってしばらくの間試用していました。その結果、呼吸球のスピーカーは単発のスピーカーに比べて驚くほど充実した音を鳴らすけれども、時々中低音過多になる、男性の声が聞きづらいなどの欠点もあることが分かりました。これは周波数依存的な回折効果を考えれば説明できることで、おそらく3kHz以上のパワーが深刻に不足していたのでしょう。呼吸球デザインを運用するには、何らかの周波数フィルタを使って周波数特性を制御する必要があることがわかりました。これは将来のSCAEへの宿題になりました。これらの実験と試用を経て、現在の直角ドライバー配置へとデザインを変更しました。実はこの変更はある偶然の産物でもありました。私がParts ExpressにFR084WA02を12本発注した時、在庫が4本しかなかったのです。それで試しに二本使いのデザインを検討してみたところ、実はこのほうが良いのではないかと思い至ったのです。二本使いでも、はじめはドライバーを背中合わせにする180度のダイポールデザイン(正確には同相駆動するので双モノポールデザイン)を検討しました。これは水平対向エンジンのように振動版による振動が打ち消しあうというメリットがあり、また回折によるローパスフィルタ効果もより明確になります。しかし依頼人はスピーカーの背を壁にぎりぎりまで近づけて使うということだったので、反響音の質なども考慮して現在の前面と天面の組み合わせに落ち着きました。天井のほうはいつでも広い空間がのびのび使えますからね。
このプロジェクトでの分析や予測はほとんどが定性的なものです。計測器具は大学の研究室にあるのですが、Covidのせいでもう9か月ほども取りに戻れていないのです。