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MSI MPG X570 GAMING PRO CARBON WIFIの問題を解明する: SATA6ポートが不良だった

友人のデスクトップPCの動作がおかしく、いくつかの不審な症状があるということでした。一つはファイルの読み書きが異常に遅いこと、もう一つは突然再起動するとのこと。第一印象はRAMの初期不良かなと思ったのですが、Memtest64(以下にリンク)を4日走らせてもエラーは検出されなかったそうです。

https://en.wikipedia.org/wiki/Memtest86

次にCrystal Disk Mark(以下にリンク)でデータの読み書きの速度を調べました。データを読み込む速度が毎回ひどく違っているのに対し、書き込みの速度のほうが断然速くて安定しているという不可思議な結果でした。RAMではなくて、HDDの不良ですかね?私は彼に新しいHDDを購入するよう勧め、交換することで問題が解決するか試してみようと提案しました。

https://crystalmark.info/en/software/crystaldiskmark/

彼のオフィスに足を運んで、さっそくHDDを交換、Crystal Disk Maskでデータ転送速度を計測しました。その様子を眺めていて、ある奇妙な動作に気づきました。 ファイルを読む速度が、書く速度よりもひどく遅いのです (読み込み7.5分に対して書き込み2.5分、ファイルサイズは1 GBで5回の反復計測、その他のパラメータはデフォルト)。友人にお願いして、オフィス内の別のPCで同じ条件で速度テストをしてもらったところ、ファイルの読み込みは3分かかりませんでした。この時点で、可能性は低いながらこれはHDDが悪いのではなく、むしろSATAのコントローラー、端子、あるいはケーブルのどれかがまずいのかもしれないと、疑うべき対象を切り替える必要を感じました。

豪奢なガラス張りのPCのケースを開いて、マザーボードをチェックしました。基盤のプリントによれば、現在使用しているのはSATA6のポートです。とりあえずどれでもいいから別のポートにつないでみようと考えて、すぐ下にあるSATA5のポートにつないで起動、再度テストをしてみました。すると同じ条件のファイル転送に3分かからなかったのです。つまり問題が解決していたのでした。この時、そもそもSATA1-4がどこにあるのかも調べてみることにしました。 そのポートは巨大なグラフィックスボードの陰に隠れるように配置されており、接続するためにはグラフィックスボードを一度外さねばならないようでした。このマザーボードの詳細の確認を進めていくうち、面白いことを見つけました。実は、 SATA5-6はASMedia製ASM1061というコントローラーチップを使っているのに対し、SATA1-4はこのマザーボードのネイティブの構成である AMD X570 Chipsetに含まれるコントローラーチップを使っていたのです。

https://www.msi.com/Motherboard/MPG-X570-GAMING-PRO-CARBON-WIFI/Specification

SATA5のポートは問題なく使えるようでしたが、ASM1061につながっているSATA5-6のポートは全て使わないほうがいいと思いました。もしネイティブのSATA1-4が未使用なら、まずここから使うべきではないでしょうか。結局、2台のHDDをSATA1とSATA2に接続して最終テストを行い、問題が解決したことを確認しました。 これでランダムに再起動する問題も解決されたかどうかは今後時間をかけて検証することになります。

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筋電除去の真実解:麻酔による麻痺と ASR + ICAの比較

頭皮上計測脳波のノイズ除去には、私はいつもEEGLABのプラグインであるclean_rawdata()とICAを組にして使います。clean_rawdata()は、今では知名度も出てきたartifact subspace reconstruction (ASR)を目玉のアルゴリズムとして持っています。このclean_rawdata()というプラグインは、私のかつての同僚であるChristian Kotheが書いたものです。彼はBCILABの作者で、その中に非常に高性能なノイズ除去のパイプラインが含まれていました。私はそれをオフライン用に仕立て直してくれないかと、ある日クリスチャンに直談判したのです。彼は私の依頼を快諾してくれて、たった数日でこれを作ってくれたものです。私はただラッパーを書いたり、使い勝手の部分で細々とした改良を加えたり、これにclean_rawdataという凡庸な命名をしただけにすぎません。この歴史的経緯は以下の論文のサプリメントの第6節にちょこっと書きました。興味のある人は読んでみてください。https://academic.oup.com/cercorcomms/article/1/1/tgaa046/5881803#207580614 さて、ASRはICAにとっては理想的な前処理となります。ASRは非定常的なアプローチ(移動窓方式)をとりますが、ICAは定常性が非常に重要な前提になっています。ASRは天文学的に大きな外れ値が来てもへっちゃらですが、ICAにそんな値を与えると即死する可能性があり、仮にエラーが出なくても結果は使い物になりません。 ICAの適用(クリックだけ)に比べるとASRの使い勝手はやや癖がありますが、閾値にSD = 20を使うという目安(これについての定量的な検討は、同僚のChiyuanの論文をご覧ください https://ieeexplore.ieee.org/abstract/document/8768041…Conclusions: Empirical results show that the optimal ASR parameter is between 20 and 30, balancing between removing non-brain signals and retaining brain activities.“) に従って、他は適当に試してみれば大体わかります。

さて、上記のASR + ICAの宣伝は定性的なものにすぎません。その性能が定量的に証明できたらいいのに! しかしどうやって?ここで脳電研究の永劫回帰問題、すなわち真実解(ground truth)の不在が問題になります。脳電研究はいつでもこの真実解の不在に呪われてきました。あまりにも長く真実解の「大空位時代」が続いたので、脳電研究者らの心は深く蝕まれ、彼らは不朽の名著「脳の電場」が描いてみせる細胞外電位についての電気生理学的基礎よりも、信号処理が生み出すカラフルな図にばかり心を奪われる事態となっているのです。後者よりも前者のほうが真実解に近いのに!クールな名前の解析手法を使ってカラフルな図を生産することで、我々は真実解に近づくことができているのでしょうか?むしろ、真実解が不在だから、その穴を埋めようとしてすすんだエンジニアリングを応用したがるのではないでしょうか?私たちは目をもっと真実解のほうに向けるべきです。話を元に戻すと、幸いにも、筋電が頭皮上計測脳波に与える影響の真実解を示唆する研究を、物知りな誰かから以前教えてもらったことがあります (Whitham et al., 2007 https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1388245707001988?via%3Dihub). 私はこの研究があまりに気に入っているので、今回はエルゼビアに$48.30を支払って、以下の図をここに転載することにしました。

Whitham et al. (2007) Clinical Neurophysiology 118:1877–1888 Figure 1. ライセンスを得て転載、説明を追記した。CPzとPzの中間に位置する電極から計測した脳波のPSD (n=2) 。基準電位は両耳朶連結(ちなみにこれは良くないやり方なので、マネしないでください)。A、麻酔による麻痺なし。B、麻酔による麻痺あり。(20 mgのcisatracuriumを静脈注射)。投与から5分後、右総腓骨神経から短趾伸筋を刺激して筋肉の麻痺を評価し、運動由来の活動電位が完全消失したことを確認した。

普通のPSDが二人分あるように見えますが、AとBがあります。さて、AとBの違いは何でしょう?答えは麻酔による筋肉の麻痺の有無です(意識はあり、指先も課題をやる程度には動かせます)。Bでは筋肉が麻痺しているので、筋電が発生しません。したがって、BのデータはEMGがない脳電の真実解と見なすことができます。45 Hzにおいて、AとBのパワーの差は6dBおよび10dBと、被験者によって差があります。さて、ここで私がいつも使っているASR + ICAだとどうなるか、比較してみましょう。

未発表データ。141人分のデータについて、CP1とCP2のPSDを計算し平均した。基準電極はT7とT8の平均電位とした。青、無加工の脳電(ハイパスフィルタだけ)。赤、ASR (SD=20)および独立成分分析の結果をICLabelで評価し、Brain以外のラベルが付いたものをすべて棄却したもの。ASR + ICAのほうのPSDは1.3 dBだけ全体に持ち上げてある。これはアルファ帯域のピークを両条件でそろえるため。

この未発表のデータは、あるレビュアが「ASR + ICAを使ったアーティファクトリジェクションの性能は疑問だ」というコメントを付けてきたので、その挑戦を受けて立つために作りました。実験環境の違いのため、完全に同じ条件にそろえることはできませんでしたが(CPzとPzの間の電極というのはありませんでしたし、両耳朶連結基準もありませんでした)、代用した方法でもあまり問題はないだろうと思います。45 Hzにおいて、無加工のデータとASR + ICAのデータのパワーの差は、アルファのピークをそろえた時に大体5 dBぐらいです。悪くないではありませんか。

最後に、この比較のまとめと結論を述べます。(1)麻酔による麻痺のおかげで、頭皮上計測脳波に筋電が与える影響の真実解が評価できた。 筋電の寄与は45 Hzにおいて6 dBおよび10 dBと計測された。(2) ASR + ICAはPSDを似たような具合に低減させた。その低減量は45 Hzにおいて5 dB程度であった。結論として、ASR + ICAの良好な性能が確認できました。これがもし単にPSDを低減させるだけの周波数フィルタだったらお笑い草ですが、ICAは成分間の相互情報量を最低にし、その結果各成分の独立性を最大化するのが目的の空間フィルタです。そんな明後日の方向を目指して出発した結果がこのように生理学に妥当になるというところに、ICAの面目があります。ちなみに同じ構造の議論がICAの各成分の頭皮上電位分布のダイポール性の由来の説明にも出現します。私はこれをIndependence-dipolarity identity (IDID)と勝手に命名しました。いつかこの話にも触れるでしょう。