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EEG Swartz Center/UC San Diego

論文出版: 子どもが瞬きを抑制しようとすると前頭部の脳波アルファ帯域パワーが上昇する

これは慢性チック症についての研究で、カリフォルニア大学ロスアンジェルス校のサンドラ・ルー氏のプロジェクトです。定型発達した子供たちが瞬きを我慢する際に関連する脳活動を研究しました。この研究でサンドラは「衝動メーター」(ただのジョイスティックですが)を使って瞬きへの衝動をリアルタイムでモニターするというユニークな試みをしています(発案は私の師匠のスコット・マケイグでしたが)。研究の結果、前頭前野のあたりにかなりわかりやすい脳活動の変化を捉えることができました。

論文の本編はこちらから。オープンアクセス誌なので無料で読めます。

https://academic.oup.com/cercorcomms/article/1/1/tgaa046/5881803

実は、この論文にはもう一つの隠された目的がありました。それは脳波解析の方法論に関わる疑問/自問です。そもそも考えてみてください。なぜこのような研究が従来出てこなかったかの理由を。それは、瞬きで混入するアーティファクトが通常の脳波解析にとって破壊的な影響を及ぼすからに外なりません。それができましたと言っているわけですから、私は大それた主張をしていることになります。私はサンドラのプロジェクトの解析担当として、自分の解析の妥当性について最低限の検証をしておくべきだろうなと思った次第です。この冒険の成果は(当然ながら)論文本文ではなくて付録資料に記載した程度にすぎませんが、捨てるには惜しい内容もあるので、この場を借りて少し概観してみましょう。

https://oup.silverchair-cdn.com/oup/backfile/Content_public/Journal/cercorcomms/1/1/10.1093_texcom_tgaa046/1/supplementary_material_revision1_tgaa046.docx?Expires=1616171516&Signature=syI9xbw3xWlhjqmNZVhLRacw2pwi8CjXFQhWyo8fiertNMOdIFh80IyS6UZTs3QCtANgEFTfu89sFJpi1lexyNuLX-UGdJzEKWWbAqp0DwW3oEHh0EapvQYalfj33BnqZz5GglE0LBMde-L7VU~CZl63KqWd4Ilg1YY5rq7kV3p735YUGShpnraU8KSmW6qzsbzUpVhrJYoQnuyT-uBjS~-dzql476zQI5xobte3WiOkciUPPsQBYv9YdmJ8KeuKQZ~vBTut43pqjgq3hcj4OT4Se2gEoN2x63ayw3VwiFjUwONiM7f2u2fBxg~M7MYXY56lx6xMZgHeMJKJw-KCeQ__&Key-Pair-Id=APKAIE5G5CRDK6RD3PGA

下の図が、ノイズリジェクション前後の比較です。明らかに振幅(縦軸)のスケールが30倍ほど違います。自分で報告した数値によれば、頭皮上電極の無加工の信号の分散の平均98.4%を除去したことになります。一見するとぞっとするような数値ですから、確認をしておくに越したことはありません。

ノイズと一緒にシグナルも捨ててませんか、と言われたら、なんて反論すればいいんでしょうか。これを正しく説明するには、よく練られたデザインのシミュレーション研究が必要になりますが、そこまでの労力を割くわけにもいきません。事後的に適用可能な状況証拠をそれなりのデザインのシミュレーションでちゃちゃっと示したいわけです。

このシミュレーションでは、振幅の小さな正解データ(無加工データの標準偏差の1%)を頭皮上電極データに加え、それを実際に使用したノイズリジェクション法である部分空間再構成法(ASR)と独立成分分析(ICA)を適用し、正解データがちゃんと生き残るかを確認します。この過程をSN比をどんどん低くしながら何度も繰り返すわけです。結果は以下の通りです。

SN比をどんどん低くしていき、30%まで減らしたところで独立成分の頭皮上分布がガクンと悪くなりました。結論として、小さな正解データ(無加工データの標準偏差の1%)はこのノイズリジェクションを生き延びたというのみならず、SN比でさらに7dBぐらいの余裕があることを示すことができました。

この「そこそこうまくできているデザイン」は急いで作ったものにすぎませんが、もうちょっと付け足すことで一本の論文にするだけの価値が出るように思います。しかしこの手の検証のアイディアは沢山あるので、いちいち論文化していられないという事情があります。もしこういった研究に興味のある大学院生やポスドクの方がいたら、ぜひお任せしたいと思います。ご連絡お待ちしております。