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MSI MPG X570 GAMING PRO CARBON WIFIの問題を解明する: SATA6ポートが不良だった

友人のデスクトップPCの動作がおかしく、いくつかの不審な症状があるということでした。一つはファイルの読み書きが異常に遅いこと、もう一つは突然再起動するとのこと。第一印象はRAMの初期不良かなと思ったのですが、Memtest64(以下にリンク)を4日走らせてもエラーは検出されなかったそうです。

https://en.wikipedia.org/wiki/Memtest86

次にCrystal Disk Mark(以下にリンク)でデータの読み書きの速度を調べました。データを読み込む速度が毎回ひどく違っているのに対し、書き込みの速度のほうが断然速くて安定しているという不可思議な結果でした。RAMではなくて、HDDの不良ですかね?私は彼に新しいHDDを購入するよう勧め、交換することで問題が解決するか試してみようと提案しました。

https://crystalmark.info/en/software/crystaldiskmark/

彼のオフィスに足を運んで、さっそくHDDを交換、Crystal Disk Maskでデータ転送速度を計測しました。その様子を眺めていて、ある奇妙な動作に気づきました。 ファイルを読む速度が、書く速度よりもひどく遅いのです (読み込み7.5分に対して書き込み2.5分、ファイルサイズは1 GBで5回の反復計測、その他のパラメータはデフォルト)。友人にお願いして、オフィス内の別のPCで同じ条件で速度テストをしてもらったところ、ファイルの読み込みは3分かかりませんでした。この時点で、可能性は低いながらこれはHDDが悪いのではなく、むしろSATAのコントローラー、端子、あるいはケーブルのどれかがまずいのかもしれないと、疑うべき対象を切り替える必要を感じました。

豪奢なガラス張りのPCのケースを開いて、マザーボードをチェックしました。基盤のプリントによれば、現在使用しているのはSATA6のポートです。とりあえずどれでもいいから別のポートにつないでみようと考えて、すぐ下にあるSATA5のポートにつないで起動、再度テストをしてみました。すると同じ条件のファイル転送に3分かからなかったのです。つまり問題が解決していたのでした。この時、そもそもSATA1-4がどこにあるのかも調べてみることにしました。 そのポートは巨大なグラフィックスボードの陰に隠れるように配置されており、接続するためにはグラフィックスボードを一度外さねばならないようでした。このマザーボードの詳細の確認を進めていくうち、面白いことを見つけました。実は、 SATA5-6はASMedia製ASM1061というコントローラーチップを使っているのに対し、SATA1-4はこのマザーボードのネイティブの構成である AMD X570 Chipsetに含まれるコントローラーチップを使っていたのです。

https://www.msi.com/Motherboard/MPG-X570-GAMING-PRO-CARBON-WIFI/Specification

SATA5のポートは問題なく使えるようでしたが、ASM1061につながっているSATA5-6のポートは全て使わないほうがいいと思いました。もしネイティブのSATA1-4が未使用なら、まずここから使うべきではないでしょうか。結局、2台のHDDをSATA1とSATA2に接続して最終テストを行い、問題が解決したことを確認しました。 これでランダムに再起動する問題も解決されたかどうかは今後時間をかけて検証することになります。

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論文出版: オーディオ迷路課題を使ったヒトの空間探索移動中の脳活動

ジャーナルのページ

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/epdf/10.1111/ejn.15131

オーディオ迷路というのはスウォーツセンターの行動中の脳身体計測法の諸プロジェクトの目玉企画であり、何億円もの予算を取り、専用の実験室が「下の階」にここ十年来鎮座してきたという経緯があります。目隠しした被験者が何もない空間の中を「手探り」で歩き回り、コンピューターによってプログラムされた「壁」に手が触ると音が鳴って接触を知らせる、という課題です。目隠しされた被験者の移動速度は自然と遅くなり、また空間探索は右手を伸ばしてのみ行えるため、その典型的な行動パターンを何度も繰り返して行うことから、事象関連脳電位の研究に意外と適した課題になりうる、ということの実証実験ですね。

本実験の中での一番重要な点は、目隠しをしていたのに後頭葉で重要な脳活動の変化が見られたということでしょう。通常、後頭葉というと視覚処理がまず連想されるわけですが、目隠しをしていますからね。ベルリンの同僚たちはこの手の空間探索移動課題の論文を何年も前から10本以上出していて、後部帯状回の尻尾の下にある板状回という部位がこの手の処理に関わっていると主張しています。まあ一般論でいえば、脳の機能分布的には板状回は確かにそういう機能を持つのでしょう。しかし頭皮上計測脳波で板状回の活動を推定するというのは私には無理な試みのように思えます。それよりも、 舌状回が後部海馬傍回場所領域に該当するという文献を見つけ、このほうが頭皮上計測脳波としてまだ計測可能だなと思いました。ですので結果の解釈は舌状回により強調を置いて行いました。

脳波の解析で先進的な手法の試みとして、グループレベルの情報流解析ツールを使って時間遅れのある接続解析を脳領域間で行いました。このグループレベルの解析ツールは、私がカリフォルニア大学ロスアンジェルス校との共同研究のために開発したものです。予測された通り、後頭部と下頭頂部を中心とした時間変化するネットワークのダイナミクスを捉えることができました。

この論文は25ページもの長さがあり、12000語と14個の図(付録にはさらに3個の図があります)からなります。大学院生やポスドクには、こういう論文を書いてはいけないという見本にしています。こういう論文を書いていると、経歴を危険にさらす 恐れがあるからです。実験パラダイムも新奇、解析法も新奇、それでいて心理学的にうまく組まれたトップダウンな問題設定はない、などがその原因です。ある意味、私がこの任を引き受けることになって良かったのかもしれません。手間がかかるとは思いましたが、私のポジションでは経歴をリスクにさらすということはないので。

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論文出版: 「ほぼ完璧なアーティファクトリジェクション」をより完璧に近づけることはできるか?

この短編の技術的論文は元々はザップライン論文に対するオピニオン論文として書かれたものです。https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1053811919309474

したがって、このタイトルも元々の文脈でのみ意味が分かるというものなのですが、残念ながらザップライン論文を掲載した雑誌には論文を載せてもらえなかったため(笑)、適切な文脈から外れて若干とんちんかんなタイトルとなってしまいました。共著者の一人が論文受理後に教えてくれたのですが、まあ、気にしないでおきましょう。

ジャーナルのページ

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7873913/

この論文の要点は、ザップラインは単体でも非常に優れたラインノイズフィルターとしてのパフォーマンスを持つのですが(原著者が「ほぼ完璧」と自賛するぐらい)、実は簡単にその上をいくことができるよ、というアイディアとその実証を示すことです。すなわち、クリーンラインのアルゴリズムをザップラインの後に適用すればよいのです。どうしてそれを私が予言できたのでしょうか?それはZapLineの説明を読んでその本質が空間フィルタ法であると理解できたとき、クリーンラインが時間領域上の非定常性をうまく処理することを思い出して、組み合わせれば最強になるんじゃないかなと考えたからです。

レビュアの一人が、この論文には目新しい発見も開発もないから出版する価値がない、と批判しました。たしかに、それは一理あります。ザップラインもクリーンラインも発表済みだし、私にとっては他人のふんどしですから。しかし、ある洞察に基づく予言とそれを支持する結果を共有するということは、科学のコミュニケーションの基本的な目的であり、やはり大切なことです。言われてみれば簡単なことでも、だからといって誰にとっても直ちに自明というわけではないからです。

ところで、ザップラインの原著者のアラン ドゥシェヴェニェさんには本論文を書くにあたって親切にいろいろ教えていただきました。特に、「ほぼ完璧」という原著者の自賛に対して私があからさまに足を取っているのに、大人の度量で対応してもらったことには感謝としか言いようがありません。いつか借りを返せる機会がきたらと思います。

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論文出版: 周波数交差パワーパワー結合解析 (PowPowCAT のリファレンス論文)

第一著者のナタポンがカリフォルニア大学サンディエゴ校にあるスウォーツセンターに来て私に会ったのは数年前のことでした。当時、私はコモジュグラム/コモジュログラムの概念を(そうとは知らずに)「再発明」し、とても気に入っていました。これは周波数交差パワーパワー結合を可視化したもので、スペクトラ共分散とも呼ばれます。私はナタポンにこれで論文書かないかと提案したところ、彼は快諾しました。それでこの論文が出たというわけです。

ジャーナルのページ

https://www.mdpi.com/1424-8220/20/24/7040/htm

EEGLABプラグインのウィキのページ

https://github.com/sccn/PowPowCAT

脳波信号のパワースペクトル密度で二峰を見ることが時々あるかもしれません。しかしこの四峰を見たことはありますか?この脳の持ち主は私たちの研究所の院生です。

このコモジュログラムという図は、私の研究領域で最も近いところではブザキ研究室で最も多用されているように思います。実際、ナタポンと私はブザキ研にメールを書いて、情報を集めたものです。彼らは非常に親切で、ギョルギーさん自身が丁寧に対応してくれた上、当時の担当者とその周辺の方たちを紹介してくれたおかげで、いろいろ面白い(裏)話を聞くことができました。

最初、私が純粋に初めてこの可視化を思いついたとき、これが既知の方法なのかどうかもわかりませんでした。周りの賢い人たちに聞いて回ったりしたのですが、誰も知りませんでした。のちになって、ナタポンと私はこれがコモジュグラムと呼ばれるものだと知ります。しかし、私はこの名前に不満でした。もう一つの名前であるコモジュログラムのほうが造語としてまだましだと思います。一番いいのはもちろん完全に書き下した名前、パワーパワー交差解析法 (PowPowCAT)です。正直言うと、「パウパウキャット」のような素敵な名前の計算ツールであれば、計算内容が何であれやる気全開で論文化することでしょう。ちなみに私の師匠のスコット・マケイグは、こんな名前はやめろと言っていました。彼は奇を衒わない、枯れた名前が好きなのです。しかし奇を衒わないのも一つの衒いであって、私にとっては同じことです。もし、コモジュグラムツールという名を強制されていたら、わざわざ論文にしなかったでしょう。ポップなネコのイラストを夢見ながら論文を書くなんて、なかなか経験できませんよ。

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論文出版: 子どもが瞬きを抑制しようとすると前頭部の脳波アルファ帯域パワーが上昇する

これは慢性チック症についての研究で、カリフォルニア大学ロスアンジェルス校のサンドラ・ルー氏のプロジェクトです。定型発達した子供たちが瞬きを我慢する際に関連する脳活動を研究しました。この研究でサンドラは「衝動メーター」(ただのジョイスティックですが)を使って瞬きへの衝動をリアルタイムでモニターするというユニークな試みをしています(発案は私の師匠のスコット・マケイグでしたが)。研究の結果、前頭前野のあたりにかなりわかりやすい脳活動の変化を捉えることができました。

論文の本編はこちらから。オープンアクセス誌なので無料で読めます。

https://academic.oup.com/cercorcomms/article/1/1/tgaa046/5881803

実は、この論文にはもう一つの隠された目的がありました。それは脳波解析の方法論に関わる疑問/自問です。そもそも考えてみてください。なぜこのような研究が従来出てこなかったかの理由を。それは、瞬きで混入するアーティファクトが通常の脳波解析にとって破壊的な影響を及ぼすからに外なりません。それができましたと言っているわけですから、私は大それた主張をしていることになります。私はサンドラのプロジェクトの解析担当として、自分の解析の妥当性について最低限の検証をしておくべきだろうなと思った次第です。この冒険の成果は(当然ながら)論文本文ではなくて付録資料に記載した程度にすぎませんが、捨てるには惜しい内容もあるので、この場を借りて少し概観してみましょう。

https://oup.silverchair-cdn.com/oup/backfile/Content_public/Journal/cercorcomms/1/1/10.1093_texcom_tgaa046/1/supplementary_material_revision1_tgaa046.docx?Expires=1616171516&Signature=syI9xbw3xWlhjqmNZVhLRacw2pwi8CjXFQhWyo8fiertNMOdIFh80IyS6UZTs3QCtANgEFTfu89sFJpi1lexyNuLX-UGdJzEKWWbAqp0DwW3oEHh0EapvQYalfj33BnqZz5GglE0LBMde-L7VU~CZl63KqWd4Ilg1YY5rq7kV3p735YUGShpnraU8KSmW6qzsbzUpVhrJYoQnuyT-uBjS~-dzql476zQI5xobte3WiOkciUPPsQBYv9YdmJ8KeuKQZ~vBTut43pqjgq3hcj4OT4Se2gEoN2x63ayw3VwiFjUwONiM7f2u2fBxg~M7MYXY56lx6xMZgHeMJKJw-KCeQ__&Key-Pair-Id=APKAIE5G5CRDK6RD3PGA

下の図が、ノイズリジェクション前後の比較です。明らかに振幅(縦軸)のスケールが30倍ほど違います。自分で報告した数値によれば、頭皮上電極の無加工の信号の分散の平均98.4%を除去したことになります。一見するとぞっとするような数値ですから、確認をしておくに越したことはありません。

ノイズと一緒にシグナルも捨ててませんか、と言われたら、なんて反論すればいいんでしょうか。これを正しく説明するには、よく練られたデザインのシミュレーション研究が必要になりますが、そこまでの労力を割くわけにもいきません。事後的に適用可能な状況証拠をそれなりのデザインのシミュレーションでちゃちゃっと示したいわけです。

このシミュレーションでは、振幅の小さな正解データ(無加工データの標準偏差の1%)を頭皮上電極データに加え、それを実際に使用したノイズリジェクション法である部分空間再構成法(ASR)と独立成分分析(ICA)を適用し、正解データがちゃんと生き残るかを確認します。この過程をSN比をどんどん低くしながら何度も繰り返すわけです。結果は以下の通りです。

SN比をどんどん低くしていき、30%まで減らしたところで独立成分の頭皮上分布がガクンと悪くなりました。結論として、小さな正解データ(無加工データの標準偏差の1%)はこのノイズリジェクションを生き延びたというのみならず、SN比でさらに7dBぐらいの余裕があることを示すことができました。

この「そこそこうまくできているデザイン」は急いで作ったものにすぎませんが、もうちょっと付け足すことで一本の論文にするだけの価値が出るように思います。しかしこの手の検証のアイディアは沢山あるので、いちいち論文化していられないという事情があります。もしこういった研究に興味のある大学院生やポスドクの方がいたら、ぜひお任せしたいと思います。ご連絡お待ちしております。

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筋電除去の真実解:麻酔による麻痺と ASR + ICAの比較

頭皮上計測脳波のノイズ除去には、私はいつもEEGLABのプラグインであるclean_rawdata()とICAを組にして使います。clean_rawdata()は、今では知名度も出てきたartifact subspace reconstruction (ASR)を目玉のアルゴリズムとして持っています。このclean_rawdata()というプラグインは、私のかつての同僚であるChristian Kotheが書いたものです。彼はBCILABの作者で、その中に非常に高性能なノイズ除去のパイプラインが含まれていました。私はそれをオフライン用に仕立て直してくれないかと、ある日クリスチャンに直談判したのです。彼は私の依頼を快諾してくれて、たった数日でこれを作ってくれたものです。私はただラッパーを書いたり、使い勝手の部分で細々とした改良を加えたり、これにclean_rawdataという凡庸な命名をしただけにすぎません。この歴史的経緯は以下の論文のサプリメントの第6節にちょこっと書きました。興味のある人は読んでみてください。https://academic.oup.com/cercorcomms/article/1/1/tgaa046/5881803#207580614 さて、ASRはICAにとっては理想的な前処理となります。ASRは非定常的なアプローチ(移動窓方式)をとりますが、ICAは定常性が非常に重要な前提になっています。ASRは天文学的に大きな外れ値が来てもへっちゃらですが、ICAにそんな値を与えると即死する可能性があり、仮にエラーが出なくても結果は使い物になりません。 ICAの適用(クリックだけ)に比べるとASRの使い勝手はやや癖がありますが、閾値にSD = 20を使うという目安(これについての定量的な検討は、同僚のChiyuanの論文をご覧ください https://ieeexplore.ieee.org/abstract/document/8768041…Conclusions: Empirical results show that the optimal ASR parameter is between 20 and 30, balancing between removing non-brain signals and retaining brain activities.“) に従って、他は適当に試してみれば大体わかります。

さて、上記のASR + ICAの宣伝は定性的なものにすぎません。その性能が定量的に証明できたらいいのに! しかしどうやって?ここで脳電研究の永劫回帰問題、すなわち真実解(ground truth)の不在が問題になります。脳電研究はいつでもこの真実解の不在に呪われてきました。あまりにも長く真実解の「大空位時代」が続いたので、脳電研究者らの心は深く蝕まれ、彼らは不朽の名著「脳の電場」が描いてみせる細胞外電位についての電気生理学的基礎よりも、信号処理が生み出すカラフルな図にばかり心を奪われる事態となっているのです。後者よりも前者のほうが真実解に近いのに!クールな名前の解析手法を使ってカラフルな図を生産することで、我々は真実解に近づくことができているのでしょうか?むしろ、真実解が不在だから、その穴を埋めようとしてすすんだエンジニアリングを応用したがるのではないでしょうか?私たちは目をもっと真実解のほうに向けるべきです。話を元に戻すと、幸いにも、筋電が頭皮上計測脳波に与える影響の真実解を示唆する研究を、物知りな誰かから以前教えてもらったことがあります (Whitham et al., 2007 https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1388245707001988?via%3Dihub). 私はこの研究があまりに気に入っているので、今回はエルゼビアに$48.30を支払って、以下の図をここに転載することにしました。

Whitham et al. (2007) Clinical Neurophysiology 118:1877–1888 Figure 1. ライセンスを得て転載、説明を追記した。CPzとPzの中間に位置する電極から計測した脳波のPSD (n=2) 。基準電位は両耳朶連結(ちなみにこれは良くないやり方なので、マネしないでください)。A、麻酔による麻痺なし。B、麻酔による麻痺あり。(20 mgのcisatracuriumを静脈注射)。投与から5分後、右総腓骨神経から短趾伸筋を刺激して筋肉の麻痺を評価し、運動由来の活動電位が完全消失したことを確認した。

普通のPSDが二人分あるように見えますが、AとBがあります。さて、AとBの違いは何でしょう?答えは麻酔による筋肉の麻痺の有無です(意識はあり、指先も課題をやる程度には動かせます)。Bでは筋肉が麻痺しているので、筋電が発生しません。したがって、BのデータはEMGがない脳電の真実解と見なすことができます。45 Hzにおいて、AとBのパワーの差は6dBおよび10dBと、被験者によって差があります。さて、ここで私がいつも使っているASR + ICAだとどうなるか、比較してみましょう。

未発表データ。141人分のデータについて、CP1とCP2のPSDを計算し平均した。基準電極はT7とT8の平均電位とした。青、無加工の脳電(ハイパスフィルタだけ)。赤、ASR (SD=20)および独立成分分析の結果をICLabelで評価し、Brain以外のラベルが付いたものをすべて棄却したもの。ASR + ICAのほうのPSDは1.3 dBだけ全体に持ち上げてある。これはアルファ帯域のピークを両条件でそろえるため。

この未発表のデータは、あるレビュアが「ASR + ICAを使ったアーティファクトリジェクションの性能は疑問だ」というコメントを付けてきたので、その挑戦を受けて立つために作りました。実験環境の違いのため、完全に同じ条件にそろえることはできませんでしたが(CPzとPzの間の電極というのはありませんでしたし、両耳朶連結基準もありませんでした)、代用した方法でもあまり問題はないだろうと思います。45 Hzにおいて、無加工のデータとASR + ICAのデータのパワーの差は、アルファのピークをそろえた時に大体5 dBぐらいです。悪くないではありませんか。

最後に、この比較のまとめと結論を述べます。(1)麻酔による麻痺のおかげで、頭皮上計測脳波に筋電が与える影響の真実解が評価できた。 筋電の寄与は45 Hzにおいて6 dBおよび10 dBと計測された。(2) ASR + ICAはPSDを似たような具合に低減させた。その低減量は45 Hzにおいて5 dB程度であった。結論として、ASR + ICAの良好な性能が確認できました。これがもし単にPSDを低減させるだけの周波数フィルタだったらお笑い草ですが、ICAは成分間の相互情報量を最低にし、その結果各成分の独立性を最大化するのが目的の空間フィルタです。そんな明後日の方向を目指して出発した結果がこのように生理学に妥当になるというところに、ICAの面目があります。ちなみに同じ構造の議論がICAの各成分の頭皮上電位分布のダイポール性の由来の説明にも出現します。私はこれをIndependence-dipolarity identity (IDID)と勝手に命名しました。いつかこの話にも触れるでしょう。

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「脳の電場」第8章翻訳完了

私は「脳の電場」第2版(Nunez and Srinivasan, 2006)の日本語訳という事業に2018年11月から取り組んでいます。残念ながら日本ではまだ出版社が見つかっていませんが、気にせず進めています。各章がだいたい50ページぐらいあって、それを訳すのに大体3-4か月かかります。この本は全11章530ページからなり、それに加えて12個の付録74ページ、索引の6ページを合わせると全610ページあります。今のところ第3章は飛ばして訳を進めています。これはある出版社のアドバイスで短縮版を出す可能性を考慮し、この本の首席著者のポール・ヌニェス博士にその相談をしたところ第3章を削るとよいというアドバイスをもらったためです。私は訳しながら読み進めているので、おそらくこの本を読んだ人たちの中で最も遅い読者でしょう。非常に楽しく翻訳を進めています。

この本のことを知ったのは2010年代初頭で、SCCNの本棚にこの本の第1版が所蔵されていました。私は本書を手に取って、ページをパラパラめくってみました。すると次のような図が目に飛び込んできました。

「脳の電場」 (Nunez and Srinivasan, 2006) 図1-21 Copyright © 2006 by Oxford University Press, Inc.

左側には、脳、後頭部表層のダイポール層、それが生み出す電流分布、頭皮上電極、そして電圧計測の回路が描かれています。これは良いでしょう。右側には、無限、足、そして「便器」が描かれています。 最後の物体は落書きも同然ですが、権威あるオックスフォード出版からこれ出版させるという気合の入ったいたずら精神が印象に残りました。ロックですね。

もう一つ、本書で印象深い箇所があります。それは首席著者の指導教員だったカリフォルニア大学サンディエゴ校のレジナルド・ビックフォード博士が第1版の緒言に書いた次の言葉です。「・・・著者らは自分たちが得意とする物理学の術語をあまりにも自然に振り回し、脳波研究のフィールドに狼藉をなしていた多くの無根拠な権威、『聖なる牛たち』を気軽に屠殺して歩いた。」この師にしてこの弟子あり、脳波研究史上に残る名句ですね。ロックです。

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米てんかん協会2020年大会

American Epilepsy Society (AES) 2020にて初めての発表を行いました。Covidだったのでオンラインでしたが。 https://meeting.aesnet.org/

Automated pipeline for preprocessing scalp-recorded EEG data for phase-amplitude coupling analysis of children with and without infantile spasms
Sunday December 6, 2020
5:15 PM – 6:45 PM
Your Role: First Author

この研究は、現在進行中のカリフォルニア大学ロスアンジェルス校の神経内科医たちとの共同研究です。私の役割はデータの解析で、発表内容はその解析法についてでした。安定の解析屋さんの仕事です。

しかしこの研究ではちょっと予想に反する結果を見ました。脳電のノイズ除去法を3種類、すなわちASR、ASR+ICA-level1、ASR+ICA-level2を試して結果を比較したのですが、クリーニングするとガンマ帯域ののパワーが上がっているんですよね(Result E)。これはASRだけの場合にも上がっているので、ICAだけが問題である可能性は今のところ除外できます。直観に反する結果なので、どうしてこうなるのかの過程をよく調べてみる必要があります。

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SCAE-01 ‘Dice K’

SCAEはSwartz Center for Audio Engineeringの略でskyと同じ音で読みます。これはカリフォルニア大学サンディエゴ校のスウォーツ計算神経科学センターの非公式かつ小さなサークルで、2018年に発足しました。現在のメンバーは私とある院生だけです。ARTA http://www.artalabs.hr/をつかったパラメータの計測と、スピーカーワークショップhttp://www.claudionegro.com/を使ったスピーカーエンクロージャーとクロスオーバーネットワークの設計と最適化、それから今回のような制作も行っています。

SCAE-01 ‘Dice K’ はSCAE初の作品(非売品)です。Covidのために、全工程を一人で自宅で作業しました。SCAE-01 ‘Dice K’ はある同僚の依頼で制作したものです。彼は仕事机の上で使う小型のスピーカーに興味があったということなので、実費のみいただいてで何か作って差し上げるということになりました。この作品の名前は依頼人の奥様の発案で、天才的なセンスに脱帽してそのままいただきました。最後のKは例えば「美しい」を意味するkale (καλή)という語ということにしておきましょう。この語は万華鏡を意味するkaleidoscopeの中に見えますね。

スピーカーを設計するうえで最も重要なのはドライバーの選択です。依頼人はコストはあまり気にしないということでしたので、Wavecor FR084WA02を選びました。このユニットは全高調波歪率が非常に優秀で(以下のリンクから計測結果を見ることができます http://www.wavecor.com/html/fr084wa01_02.html)、上限から300Hzまでは< 0.25%、200Hzまでは< 0.5%となっています。200Hz以下は指数的に悪くなり、100Hzで3.5%となってしまいますが、これは口径が3.25インチだからであって、特にこのドライバのデザインのせいというわけではありません。このドライバーの問題はむしろ5kHzから20kHzにかけて10dBという強い音圧の上昇があることです。この帯域における特性の乱れは気になりにくいのは確かですが、それでも何かしておきたいところです。かといって、受動素子を使ってしまうと、フルレンジドライバーだけの単純な構成の良さが損なわれてしまいます。というわけで、ちょっと実験的なアプローチをとってみました。

それはエンクロージャの天面に同じドライバーをインストールするというデザインです。このデザインにはいくつかの狙いがあります。主要な狙いとして、天面のドライバーによって3 kHz以下の音圧を稼ぐことで周波数特性を補償しようというものです。ドライバーの音圧は、中心軸からそれた位置では回折効果で周波数依存的に音圧が低下します。これは放射インピーダンスの理論とこのドライバー(どのドライバーにも見られますが)のスペックシート記載の実測データ(こちらは60度まで)の両方で確認することができます。この中心軸から90度外れたドライバーは3kHzまでの合計音圧に寄与しますが、それより上の周波数では急激に寄与率が低くなります。その結果、軸上で聴取すると3kHz以降の音圧上昇が相対的に弱められるということです。もう一つの狙いは反射による間接音を稼ぐことで、小口径を小音量で運用するデスクトップスピーカーにありがちな痩せた淋しい音の印象を豊かにすることです。Boseへのオマージュですね。

エンクロージャーのデザインは内容量1.5リットルの密閉立方体としました。吸音材はParts ExpressのAcousta-stufを21グラム装填してあります。机の上の専有面積はわずか14 cm 四方です。ドライバーのQtはスペックシートによると大体0.9ぐらいなので、密閉型のデザインが適しています。密閉型はバスレフ型に比べると低音が淋しくなりがちですが、ただでさえ小口径で歪率が苦しいところにバスレフでもうひと働きしてもらおうというのは、忍びないように思います。それにせっかく優秀な歪率特性を持つドライバーを使っても、低音が破綻していては無下の瑕瑾というものです。ここはなるべく優等生のまま無理をさせないように仕上げることにします。それに、もしハイパスフィルタを備えたサブウーファーからの出力が供給できる環境になったら、その時に密閉のほうが真価を発揮できるという、先の楽しみも残せます。

材はクルミの無垢材を100%使用しました。自作ならではの贅沢ではないでしょうか。ネジやクギは使用しませんでした。辺は全て3/8インチの曲面ルータービットを全体にかけて角を丸めました。この程度の半径では音質への効果までは期待できないかもしれませんが、定性的にいえば音に良い効果があります。表面仕上げはMinwaxのアンティークオイルフィニッシュと自家製の高濃度蜜蝋との二つの選択肢があったのですが、依頼人の要望で蜜蝋で仕上げました。表面の保護力は弱いですが、やや明るい、優しい仕上がりになります。ゆっくりとした経年変化も期待できます。ただし内側は保護のためにポリウレタン塗料で仕上げてあります。

この台座もクルミの無垢材で作ってあります。天面のレールの切り欠きは15度の角度を与えてあります。この角度は依頼人の机と椅子に本人が座って実測して決めた数字です。

ターミナルにはWBT0765を使いました。このターミナルは左右セットでドライバー二本分の値段(しかも特別ルートの価格で)という冗談のような高級品です。しかし依頼人が絶対に素晴らしいものを作ってほしいという並々ならぬ決意をされており、コストは問題ではないということでしたので、知る限り最高の品質を持つWBTを選びました。

この写真に写っているのはSCAE-01 ‘Dice K’のために制作した試作品です。左のスピーカーはドライバーを一つだけ(ひとつ$2、直径1.5インチ)、右のスピーカーは六面全部に(つまり底にも)ドライバーがついています。実は、このプロジェクトの最初のコンセプトは、立方体エンクロージャーの全面にドライバを装着して同相で駆動するという、疑似呼吸球デザインだったのです。この試作品はその立証のために作りました。手前に写っているのは瞬時出力切り替え機で、ドライバー一つのスピーカーと六つのスピーカーをパチパチ切り替えることで、音の印象を比較しやすくするための装置です。依頼人と私はこの二つのスピーカーの比較を行いました。また依頼人はこの試作品を自宅に持って帰ってしばらくの間試用していました。その結果、呼吸球のスピーカーは単発のスピーカーに比べて驚くほど充実した音を鳴らすけれども、時々中低音過多になる、男性の声が聞きづらいなどの欠点もあることが分かりました。これは周波数依存的な回折効果を考えれば説明できることで、おそらく3kHz以上のパワーが深刻に不足していたのでしょう。呼吸球デザインを運用するには、何らかの周波数フィルタを使って周波数特性を制御する必要があることがわかりました。これは将来のSCAEへの宿題になりました。これらの実験と試用を経て、現在の直角ドライバー配置へとデザインを変更しました。実はこの変更はある偶然の産物でもありました。私がParts ExpressにFR084WA02を12本発注した時、在庫が4本しかなかったのです。それで試しに二本使いのデザインを検討してみたところ、実はこのほうが良いのではないかと思い至ったのです。二本使いでも、はじめはドライバーを背中合わせにする180度のダイポールデザイン(正確には同相駆動するので双モノポールデザイン)を検討しました。これは水平対向エンジンのように振動版による振動が打ち消しあうというメリットがあり、また回折によるローパスフィルタ効果もより明確になります。しかし依頼人はスピーカーの背を壁にぎりぎりまで近づけて使うということだったので、反響音の質なども考慮して現在の前面と天面の組み合わせに落ち着きました。天井のほうはいつでも広い空間がのびのび使えますからね。

このプロジェクトでの分析や予測はほとんどが定性的なものです。計測器具は大学の研究室にあるのですが、Covidのせいでもう9か月ほども取りに戻れていないのです。

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Atelier GYREE DIY and artworks

GYREEのロゴ

このGYREEのロゴは、私にとってはいわば小さなアート作品です。実は社名の前にこのロゴのデザインがあって、そこから社名が取られたのです。このロゴは、GYREEという辞書には載っていない造語の繰り返しからなっています。もしあなたが脳電の研究者なら、この円環(gyre)の、いわば「ウロボロス」構造のロゴの中にある隠されたシンボル、GYRE-EEG-GYRE-EEG-…を見逃すことはないでしょう。われらが「脳の電場」Nunez and Srinivasan (2006)によれば、頭皮上計測可能な大きさの脳電の主要な起源は、複数の大脳皮質回(gyri)にまたがる電流源で、その大きさは6.45平方センチと見積もられています。GYRE-EEG-GYRE-EEG-…(円環、脳電、円環、脳電)と綴られた円環を見ながらGYREE、GYREEを発音すると、脳電の起源である「大脳皮質回、大脳皮質回」と唱えることになるのです。これぞ現代の脳電曼荼羅。このコンセプトでさらに遊ぶために、このロゴを一筆書きで描いてからフーリエ変換し、それをフーリエ級数のサブセットが構成するエピサイクルの多重の円周の運動(gyri)で経時的に描いてみました。これは、ダジャレの数学的拡張です。フーリエ変換は脳電の解析に多用されますが、古代ギリシア人の哲学者に言わせれば、フーリエ変換は世界が円周で構成されているという信仰告白ということになるのかもしれません(もっとも、分解可能であるということと、構成されているということが同じかどうかは、議論の余地がありそうです。)

このロゴの直接のアイディアとなったのはThe Gyreというイェーツ(1865-1939)の詩で、20年以上前に読んだ大江健三郎「燃え上がる緑の木」に引用されていたものです。こんな昔の記憶が今起業にあたって役に立ったのは意外な喜びでした。もう一つ、このロゴを気に入っている個人的な理由があります。私は学士を西洋哲学でとったのですが、卒論でテーマに選んだのはニーチェで、彼の謎めいた「円環の思想」永遠回帰の世界観が、このロゴの構成に今でもうっすらと見えるのです。したがって、円周運動、大脳皮質回、そして脳電からなる脳電曼荼羅は、人文学的な解釈をすればイェーツのGyreをニーチェ的な円環構造にしたものともいえます。それらの象徴の組み合わせの意味を占うなら、ずばり「がんばりましょう」ではないでしょうか。これを起業へのはなむけとして受け取り、自らを激励したいと思います。